Octopus's Garden

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「あさが来た」五代は不正を働いていたのか?

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photo by StockMonkeys.com

今年の1月から、NHKの朝ドラ「あさが来た」を見ています。番組自体は去年の9月からスタートしていますが、年末のこれまでの総集編を観て、面白そうだったので、今年のはじめからその続きを見ています。

www.nhk.or.jp


今週の「あさが来た」では、主人公「あさ」の協力な味方である五代友厚が「開拓使官有物払下げ事件」に巻き込まれてピンチに追いつめられるシーンがありました。

 

開拓使官有物払下げ事件とは

開拓使官有物払下げ事件について、手元にある日本史の本*1にはこのように書かれています。

 薩摩出身の開拓長官黒田清隆は、1872(明治5)年からの開拓10年計画終了にあたり、1400万円余りの巨費を投じて北海道開発を進めてきた官営事業をわずか39万円、無利息30年賦で薩摩出身の五代友厚らの関西貿易社に払い下げようとした。政府は、いったんこれを承認したが、これが藩閥政治と政商との結びつきをしめすものとして民間から攻撃され、政府内部でも大隈が反対した。

簡単に言うと、国の事業として北海道の開発に巨費を投じて作ってきたものを、開発事業のトップと同郷の薩摩出身の商人に格安で譲り渡したことが問題になった事件です。
 「あさが来た」の中でも、この事件により、五代友厚は窮地に立たされます。巨額の税金を投じて開発したものを、長官と結びつきの強い五代が手にしたことから、「政治を利用している大儲けしようとしている不届き者」と捉えられてしまったからです。

「1,600万円費やした」ことと「1600万円の価値がある」ことの違い

開拓使官有物払下げ事件」は、当時、新聞で大々的に取り上げられ、払下げの決定をした政府や開拓使長官の黒田、払下げを受けようとしていた五代は世間から強い批判を浴びたようです。
それは、「1,600万円のものを39万円で売ろうとしている」という言葉だけが一人歩きしてしまったせいではないかと思います。

「黒田が1,600万円の国の財産を39万円で五代に売ろうとしている」
「黒田と五代は、どちらも薩摩出身だ」
「二人で共謀して国の財産で儲けようと企んでるに違いない」 
と言った具合ではないでしょうか。
しかしながら、実際には「1,600万円費やして作った」と「1,600万円の価値がある」というのは大きな違いがあります。

「公正価値」という考え方

どんなものを作ろうが、それを作るのに1,600万円かかかっていれば、「1,600万円費やして作った」ものになりますが、それが1,600万円の価値があるものとは限りません。
「その資産がどれだけの価値があるのか?」というのは、会計の世界では「公正価値」といいます。
「公正価値」は、「それがその場でいくらで売れるものなのか?」「その資産がいくら生み出すのか?」によって決まります。
「いくら費やしたか」と「いくらの価値があるのか」というのは全く別の次元の話なのです。
従って、どれだけの費用を投じて作ったものであったとしても、1,600万円で売れるものか、将来1,600万円以上の価値を生み出すものでなければ、1600万円以上の価値があるとはいえません。

39万円は妥当な価格だったかもしれない

ドラマの中では、新次郎がこの開拓事業のこれまでの帳簿を仲間たちに見せることで、五代が私利私欲のために開拓事業を譲り受けようとしたのではないことを示し、仲間たちも納得します。
開拓事業は1600万投じたものの、ずっと赤字続きで、これからも利益をだせるかどうかは怪しい事業でした。つまり、公正価値は限りなく0に近いものだったということです。
それにも関わらず、北海道を開発するということが日本の将来にとって非常に重要なことと考えていたために、五代はこの事業を譲り受けることを決めたということでした。
数字だけをみて、判断するのではなく、数字の正しい見方を身につけておきたいですね。

 

連続テレビ小説「あさが来た」オリジナル・サウンドトラック Vol.1

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