Octopus's Garden

半歩先の生き方・働き方を考えるブログです。

12年間、巨額の不正を隠し続けたトレーダーの「告白」がスゴい

大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件という事件をご存知でしょうか?恥ずかしながら、私は最近まで知りませんでした。
大和銀行のニューヨーク支店に勤める一人のトレーダーが、取引で生じた損失を12年間簿外に隠し続け、損失が発覚したときには、970億円という巨額の損失に膨れ上がっていたという事件です。
 
「告白」という本では、その大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件で損失を隠し続けた、トレーダー本人が、事件の全貌を綴っています。

 大規模な企業の不祥事で、内部告発者や不正に巻き込まれた被害者側の立場の人間ではなく、事件を起こした本人がその事件の全貌を語っているというところにこの本の価値があると思います

不正を行った本人にしかわからないこと

本書には、本人しか知り得ない情報だけではなく、それから粉飾を隠し続ける人間の心の動きなども仔細に描かれています。これほどまでに大胆な不正を行った人間の心理を理解するために、非常に重要な資料だと思います。

告白

本書は、12年間にわたって行ってきた巨額の損失を、大和銀行の頭取に告白する報告書を送るところから始まります。
告白文の中で、井口は、

 大蔵、日銀、ニューヨーク連銀、ニューヨーク州銀行局の検査はもとより、本店検査、米州企画室検査、店内検査等まで、幾度と無く秘密発覚の危機にさらされたが、何か目に見えぬものが私を守り続けた。

と述懐しますが、これらの検査のたびに発覚を覚悟していることが後の文章を読んでいくとわかります。
しかしながら、ずさんな検査や数々の偶然により、12年間発覚すること無く、井口自身の「告白文」によりはじめて事件が発覚することになるのです。
告白文を読んだ役員たちから連絡がありった時を、

 十二年間暗澹たる気持ちで通い続けたこの道を今日は別世界へ来たような心境で通った。(中略)私の精神状態も長いトンネルを出た時のようにその眩しさに若干とまどいながらも、晴々とした気分になっていた。

と、将来を悲観するどころか、むしろ晴れやかな気持ちになったと振り返ります。損失を誰にも打ち明けられず、発覚することに怯える日々をおくり続けることが、どれだけ辛かったのかが分かります。

不正は麻薬のようなもの

不正というのは、一度手を出すと本人が自ら辞めるのは困難なものです。多くの不正事例でも最初は小さな不正だったのが、それをごまかすため、さらに不正を重ねていき、最後はとんでもないことになるというのがお決まりのパターンです。
はじめてしまったら、自分自身の意思で抜け出すのは難しい「麻薬」のようなものです。
この事件も、最初は5万ドルの損失の報告を数日遅らせようとしたところから始まります。5万ドルを取り返そうと、さらに取引を続け、そこでさらなる損失を計上してしまう。そして、その損失も含めて取り返そうとさらにリスクの高い取引に手をだす…こうなるともう元に戻ることはできません。
企業内部の職務分掌や、内部監査・外部監査等がしっかりしていれば、発覚し、そこで強制的に、終了となるのですが、当時の大和銀行のトレーディング部門での内部統制は貧弱で、内部監査や外部監査があまりにお粗末だったため、最後まで外部から止めることはできませんでした。
職務分掌については、

 証券投資売買業務、管理記帳事務、証券保管事務、証券取引決済事務、送金事務、リコンサイル(照合)事務がすべての私の管理下にあった。

と、本来は証券の売買に関する一連の実務を井口が担当していて、事実上やりたい放題の状態が放置され続けていたことが分かりますし、
銀行内部の検査についても、

 外にある資産、とりわけ現金と証券は預機関よりの書面上の残高証明のみが証拠であり、その信ぴょう性をチェックするのがオーディター(検査員)の仕事であるはずです。私が十年間もこれだけの秘密を誰にも察知されなかったのは、一つには当店のリコンサイル業務が不徹底であったからです。

と言われるようなお粗末ぶりです。
 
内部統制がまともに機能して、あるいは内部監査・外部監査がしっかり行われていて、この事実がすぐに発覚していればと思わずにはいられません。
井口は、事件発生前から、ウォール街で知る人ぞ知る有名なトレーダーだったらしく、シティバンクなどから大和の倍額以上の条件でヘッドハンティングの話も来ていたようですので、この事件がなければきっと華々しいキャリアを歩んでいたに違いありません。

 事件の細部まで描かれた貴重な資料

井口はFBIに逮捕された後は、損失隠しの実行犯でありながら、大和銀行による組織的な隠蔽工作に対する捜査への協力をしているため、事件の全貌を仔細に至るまで把握しています。
そして、彼が知りうる限りを本書に綴っているので、事件の全体像から細部に至るまで、本書一冊で知ることができます。
日本で起きた企業不祥事について、その中心人物が、ここまで細部に至るまで記述している本は他に無いのではないでしょうか。